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2009.02.22

ABCラジオ『誠のサイキック青年団』も2009年春改編で終了か

<3/15 25時追記>
 29日までは続く予定だったはずの放送だが、本日番組開始の25時に、「先週(3月8日)の放送をもって番組を最終回とした」とのアナウンスがあった。アナウンスの後は放送終了(停波)ではなく、フィラー音楽のようなBGMが流れ、その後も約10分毎に冒頭に流されたアナウンスが流れている状態。
 なお同時に、朝日放送のサイキックのページもコンテンツが削除され、アナウンスで読まれたものと同じお詫び文面だけが掲載されている状態になっている。
 20年以上続いた長寿番組のあまりにも突然の終わり方に、今の時点では驚いたとしか言いようが無い。

<3/16 24:30追記>
 案の定、早くもABCラジオのトップページからは番組ホームページのリンクが消え、何も知らない人は昨日掲載されたお詫び文すら読めなくなっている(※ファイルはまだあるため、現時点では上に記載した直接リンクからなら、まだ文面は読めるが、これもいつまで持つか…。)。
 また、ラジオタイムテーブルからも番組の「枠」自体が消滅。放送終了が25時となっている。まるでサイキック青年団という番組なんて無かったかのような扱いだ。

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 この春は長寿番組終了のニュースがやたら多い。今度は大阪・朝日放送(ABCラジオ)の『誠のサイキック青年団』の終了のニュースだ。まずは、本日(2009年2月22日)付の「ORICON STYLE」の記事から。

ナニワの“長寿ラジオ番組”『誠のサイキック青年団』20年の歴史に幕をおろす

 大阪・ABCラジオの人気深夜ラジオ番組『誠のサイキック青年団』(毎週日曜 深夜1:00)が来月29日の放送を最後に20年の歴史に幕を閉じることが、21日(土)までにORICON STYLEの取材でわかった。関係者によると、番組自体は長年応援してきた“サイキッカー”(リスナー)への配慮から、今後他局への移籍やネットラジオを含めて「何らかの形で継続できるよう、現在調整中」(事務所関係者)とのこと。同件については今夜の放送内で正式発表するという。

 番組は1988年4月にスタート。タレント・北野誠と作家・竹内義和が芸能、社会、政治などから下ネタまでを話題にしながら、独自の目線で面白おかしい「トーク番組」として長年、絶大な人気を誇っている。これまでに歌手・大瀧詠一やaiko、漫画家の大友克洋らが熱狂的リスナーとして公言するだけでなく、とかくマスコミの“業界内聴取率”が高い番組として有名。現在は、放送エリア外でも同局の携帯有料会員になれば、パソコンでストリーミング形式でオンエアをほぼ、ノーカットで聴くことが可能など、全国にファンを抱える同局における「裏の看板番組」として会社案内書類に掲載されたこともあった。

 一方で、過激な芸能界の裏ネタや邪推されたトークも多い点などから、早くからネット上での「ネタばらし」被害に遭うだけでなく、番組で取り上げたタレントのファンや事務所からのクレームが番組宛や局に殺到。93年には、歌手・山本リンダのヘアヌード写真集を痛烈批判したことから法的措置にまで問題が発展。最終的には北野らが謝罪会見まで行う事態になるなど、これまで幾度の“番組存続の危機”があったが、その度に周囲の関係者の協力や熱烈な番組リスナーの支えもあって、昨年春には20周年を迎えた。夏には、諸般の事情で番組タイトルが使えない中、大阪厚生年金会館でイベント『濃い口トークミーティング』を開催し数千人のファンが集結。そこで北野、竹内両氏が「ここにいるのは皆、親戚や。放送局が変わるかもしれないが、番組は絶対に続ける!」と声高らかに宣言していた。

 関西では今春に相次いで、芸能こぼれネタを扱うテレビ番組で人気だった『週刊えみぃSHOW』『なるトモ!』(大阪・読売テレビ)『ムーヴ』(ABCテレビ)などがすでに終了することを各局が表明。昨今の「コンプライアンス(法令順守)」に厳しい世の中の流れを受けて「深夜のラジオ番組とは言えど、局サイドからするとその問題を無視し続けることが困難になってきた」(某在阪ラジオディレクター)ことも要因に挙げられる。

 また、別の在阪ラジオ局編成マンは「来年度は、今年の半分近い予算が削られる。ラジオ・テレビ両方運営する局ではこれまでテレビの莫大な売上で、ある種“赤字補てん”した形となっていたが、昨年のリーマンショック以来、その部分でも大幅なダメージを受けた。これまでのラジオメディアの運営自体に無理があり、それも限界に達するのは時間の問題」と証言。事実、今年に入り在京キー局の文化放送では、愛川欽也が出演する『キンキンのサンデー・ラジオ』がスポンサーが離れたことなどから突如、打ち切り。また、TBSラジオも小堺一機と関根勤がタッグ共演する『コサキンDEワァオ!』の終了を発表するなど、ラジオを取り巻く環境はより一層厳しいものとなっている。

 今回の放送終了の噂は昨夏のイベント前後から始まり、さらに今月16日放送のニッポン放送『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』(月〜金 前11:30)の冒頭において、高田が先日、歌手・嘉門達夫の結婚パーティに出席した際、発起人の1人だった北野から「もしかしたら(番組が)終わりそうなんです…」と今後について相談されていたことを告白。「関西ラジオ界のカリスマの今後が心配」とコメントしたことから『サイキック〜』のコミュニティがあるSNSサイトや、巨大掲示板などで情報が錯綜していた。

 今夜放送される番組内で北野と竹内が3月末での放送終了する経緯を明かし、最終回の前日となる28日(土)に大阪・メルパルクホールで再びトークライブを開催することもあわせて発表する。


 この番組も、実は自分が1988年4月の放送第1回からしばらくは欠かさずに聴いていた番組。のちに雑誌『ラジオパラダイス』等で取り上げられて「知る人ぞ知る」有名番組になっていくのだが、番組初期はリスナーが少なく、いつ番組が終わってもおかしくない状況だったようだ。

 そんななかで、当時『サイキック』の前の時間に放送されていた某アイドル番組のリスナーを引きずり込むため(俗に『ナイトQ』作戦とも呼ばれた(※1))、番組冒頭で意識的にリスナーから寄せられたアイドルの噂(「○○と××が楽屋で△△しているのを私は見ました」というようなもの)の信憑性について検証したり、また、新聞・テレビの報道姿勢に疑問を投げかけたり、写真集の批評や新興宗教、超常現象へのツッコミを入れてみたりなど、硬軟織り交ぜたトークが繰り広げられていたのだが、こういった内容の多くは、今ではインターネットの掲示板でよく見受けられるようになったが、インターネットが普及していないこの時代としては、新しいタイプの番組としてかなり刺激的な内容だったから、遠距離受信で一所懸命聴いたものだ。(もっとも、その内容が後々色々なトラブルに発展するわけだが…)

 自分の場合、社会人になるとさすがに日曜深夜の放送は聞けなくなって、遠距離受信のためノイズ交じりの録音テープを後から聴くのはやはり億劫ということもあってか、毎週必ず番組を聴くということはなくなってしまったのだが、やはり番組が終わるとなると寂しい気持ちがある。ただ、寂しい気持ちと同時に、番組としてはいったん区切りをつけてもいいのかなという気持ちがあることも確か。
 元々番組開始当時、北野誠・竹内義和の両人も、当時裏番組だったOBC『ぬかるみの世界』のことを、深夜帯を開拓した功績は十分認めつつ、「番組の使命を終えた後までウダウダとした話を何年もやらない」「サイキックは3年で終わる」と番組中で話していたものだ。まあ「3年」というのは話の流れとしても、現在の『サイキック』が番組当初言っていた『ぬかるみ』のような状態であることは、その良し悪しは別にして永年聴いていたリスナーの多くにとっては異論の無いところではないかと思う。

 また上記の記事中にも触れられているが、ネット時代になって、「関西ローカル」「深夜番組」という枠の中だからこそ通用していた「仲間内のお約束」が仲間内で済まなくなっているのもツライところ。
 有名な、世間から集中砲火を浴びた某タレントの写真集の批評の件(※2)で言えば、その部分だけを聞いたり文字に起こすと単なるタチの悪い悪口にしか見えないのだが、番組には番組の流れがあり、某タレントのことを本気で悪意を持ってこき下ろしたわけではなく、毎週いろんな写真集のことについて、個人の嗜好を元に、「サイキック」という番組のトークのパターンの一つとしてしゃべっていただけなのだが、外部からはその「お約束」が通じないから、その回のその部分だけを聞けば単なる悪口としか聞こえず、反論の余地無しといった事態になってしまう。
 特にラジオ番組は「仲間内のお約束」をリスナーとパーソナリティーとが共有すればするほど面白くなってくる一面があるのは、ラジオを聴いている人なら大なり小なり感じていることだと思う。しかし、テレビにしろラジオにしろ、昔なら「所詮深夜放送だから」ということで済まされていたことが、それでは済まなくなってきているのは確かで、それがテレビ・ラジオ番組が面白くなくなってきた一つの原因ではあると思うが、世間がそうなってきている以上、放送局としては如何ともし難い。
 更に番組自体で言えば、当初は生放送だったのが、数年前から局の経費削減のため事前の録音放送となってからは、「深夜の情報判断番組」といいながら特に選挙ネタなど旬の話題に即座に対応できなくなってトークの鮮度が落ちたのは、仕方の無いことは言え残念だった。

 冒頭記事には、「今後他局への移籍やネットラジオを含めて「何らかの形で継続できるよう、現在調整中」とあったが、この不景気の中、強力なスポンサーでも付かない限り他局への移籍はなかなか難しいとも思われる。となるとやはりネットラジオでの存続というのが可能性としては高いと思われるが、有料ネットラジオというのは、前述の『ぬかるみの世界』や、かつてTBSラジオ等で放送していた『斉藤洋美のラジオはアメリカン』のネットラジオがいずれも短期間で終了したように、なかなか成功しないもの。先行きはなかなか厳しそうだ。
 それとも、現在でもイベントでの動員力は並みのラジオ番組以上のものがあり、番組本なども一定程度売れるだけの固定リスナーを持つことから、ラ・テ兼営局より状況が厳しいと思われるラジオ関西あたりに移籍して番組を存続させるのであろうか。
 番組終了の正式な発表は今夜(2009年2月22日深夜)の放送で行うとのことだが、今後の動向についても注目していきたい。

(2/23追記 やはり番組は終了)
・リアルタイムではさすがに聴けず、帰宅してから録音を聴いたが、番組の中で正式に、3月で番組が終了することが発表された。ただ、誠さんは「朝日放送では終了」というような言い方をしていたので、上記「ORICON STYLE」の記事にあるように何らかの展開は検討されているようだ。
 久しぶりに番組をフルで聴いたが、取り上げる内容も正直当たり障りの無いものになっているし、今回の放送で言えば、冒頭の嘉門達夫の結婚式の発起人の話なんかも話題の幅の割りに少々くどく、昔の「過激」なイメージでいるとギャップを感じるかもしれないが、ここまで長く続けてくれば、お二人のウダ話も様式美みたいなもので、(この手の関西系深夜番組に元々慣れているせいもあるかもしれないが)やはり聴いてて楽しかった。この辺が、未だに根強くリスナーを掴んでいる所以なのだと思う。

(※1)
 当時、『ニュースステーション』の後にABCテレビで放送されていた、『ナイトQ』という5分番組(関東では現在『オンタマ』の枠)が、『ニュースステーション』を見ていた視聴者がそのまま見ることで高い視聴率を取っていたことにちなみ、某アイドル番組を聴いていたリスナーを少しでも『サイキック』へ引き込んで聴取率を上げようとした作戦。
 リスナーの引き込みには成功したが、番組の空気を読めない(「お約束」が通じない)そのアイドルのリスナーが某事務所に多数通報したことから、そのコーナーの打ち切りと番組ディレクターだった板井氏の降板が余儀なくされた。
(※2)
 Wikipediaによれば、この問題が起こったのは1993年だから、ネットの本格普及前かもしれないが問題としては同じだと思われる。

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2009.02.18

文化放送「キンキンのサンデーラジオ」早くも番組ホームページ消去

前回2/15の「文化放送「キンキンのサンデー・ラジオ」今日で突然の終了」で触れた「キンキンのサンデー・ラジオ」だが、2/16の朝、出勤前に文化放送の同番組のページを確認してみると、2/15の放送終了後には掲載されていなかった、最終回の番組冒頭のメッセージ書き起こし文が掲載されていた。

 アップした時刻が4:54となっており、もし表記そのままだとすれば、番組スタッフが夜中に一所懸命書き起こして(※自分も当blogでやったことがあるのだが、短時間の会話でも再現するのは結構手間なのだ。)、番組を聴けなかったリスナーにメッセージを伝えようとしたのだろうと思って読み始めたのだが、なにぶんかなりの長文で出勤前に読むには時間がなかったのと、ちょっと冒頭に気になるフレーズがあったので、とりあえずページをコピーして出かけることにした。

・・・で、その日の夜、残業が終って帰宅してからもう一度番組ホームページを確認してみると、、、嫌な予感は当たった。早くも番組ホームページはすっかり削除されていたのだ。
 さきほど書いた「気になるフレーズ」とは「いつまでこのホームページがあるかはわかりませんが」という記述だったのだが、もちろん、終了した番組のページがいつまでも残っているとは誰も思わないだろうが、まさか終了の翌日に一切消されてしまうとは、長文をアップしたスタッフでも考えなかったに違いない。
 となると、愛川欽也さんと番組スタッフとは何もなかったとしても、やはり局(会社)とはヤヤコシイ関係になってしまったものと推測される。

 愛川さんの発言書き起こし部分と共にまるごと消されてしまった、番組スタッフからのメッセージを読むと、あらためてスタッフが番組終了を惜しむ気持ちが伝わってくるのだが、こうなってしまうと、もう文化放送での復活はなさそう。

 消されてしまったメッセージその他は、現時点ではページはgoogleのキャッシュで文章は読めるが、とりあえず自分で保管していたものから、長くなるがここにご紹介しておく。
(※ページ丸ごとそのまま保管したわけではないので、原文と改行位置等、若干異なる可能性があります。時系列としては、掲載されていた時と同じく、下から順番で上側が新しい記事。)

2009年02月16日 最終回の冒頭コメント。

キンキンのサンデーラジオを、ご贔屓いただき、ありがとうございました。
最終回の冒頭を聞き逃した方から、たくさん、もう一度説明を…との伝言をいただきました。
ここに、録音を聞き起こして、その部分を記録しておきます。
いつまでこのホームページがあるかはわかりませんが、これが私たちスタッフにできる全てです。
本当に、ありがとうございました。

M(ウィリアム・テル序曲)~BG

伊藤 キンキンのサンデーラジオ!
愛川 略して、キンサン!

~BG

 おまっとさんでした、こんにちは、愛川欽也です。
 元気にスタートするつもりでいましたが、なんかやっぱり放送が始まると、思いが一杯になって、私は今、何をしゃべっていいか、はっきりしません。はっきりしない中で、ご報告があります。何よりもまずこのラジオを愛してくださった、聴いてくださるリスナー、つまり、視聴者の皆さんに対して、心からお詫びを申し上げます。
 理由は、今日をもちまして、キンキンのサンデーラジオは、終わることになりました。いきなりで、びっくりした方も、きっといらっしゃると思います。なぜなら、きっと、今日もまた、聞いてくださってるから。
 思えば、ただ、やめます、終わりますといってもはっきりしないと思うんで、僕のしゃべれる範囲の理由を説明しなきゃ、納得がいってもらえないと思うんで、ちょっとだけ話させてください。
 まず、その前に、この番組を支えてくれた皆さんに、最初に、私の力不足がこうなったということを申し上げて、お礼を申し上げたいと思います。まず、岡部さん、プロデューサー、どうもありがとうございました。そして渡会くん、矢島、ありがとう。それから、もちろん、そのほか、ディレクター、アシスタントの皆さん。そして、大久保さん、今日もありがとうございました。それからなにしろ俺を飼育してくださった、佳子。そして、七海ちゃん。
 まあ、とにかく、そういうわけで、具体的に言いますと、この番組は現在、お気づきの方もいるかもしれませんが、民放では珍しい、全体を通してのスポンサーがおりません。で、おりません中でやって参りまして、なんとかしてスポンサーを探して、この番組を継続したいという思いは、我々のスタッフ、みんなの中にもありましたし、僕もありました。そして、そのために、うちの方も、家族総動員…たって、二人しかいませんけど(笑)動いて、いろいろなことをしようとしかけました。
 しかしながら、僕はその中で、どこかやっぱり甘えるところがありまして、文化放送の営業さんも探してくれるだろうと、思ってましたが、その結論を先に言いますと、実は、四月から、次の番組が決まっておりました。したがいまして私は、黙ってれば三月の終わりまで、知らずに、終わることを告げられなければ、そのまま、放送していたかもしれません。
 しかし、そのことが、私に、それは、伝わってきます。で、わかりました。そうすると、わかった以上これから、四月で、どなたかわかりませんが、黒字になる番組をおつくりになるスポンサーとその方、おしゃべりになる方を背景に、その方にバトンタッチするまでの間、一ヵ月半ほど、なんかお通夜みたいな番組をお送りするのは、私の意に反します。
 従いまして、岡部プロデューサーと、長々とお話をしまして、結論としては、岡部さんは、「欽也さん、今日じゃなくて、22日まで放送しましょうよ」と、再三、お話しになりました。
けれども、僕、考えたら、僕の性格は、今日このことを発表しちゃった上であと一週間、来週まで一週間置いて、またお通夜みたいな番組をしたくありません。最後まで明るく、放送を終わらしたい、というのが僕の考えです。
 従いまして、そのことで考えると、僕にそういうスポンサーをつけなかった…っていうかつくことができなかったのは、あくまでも、愛川欽也、力不足…この力不足は、急に僕、力が強くなるわけではありませんので、もうこれ以上、なんとも申し上げられません。ただ、支えてくれた皆さん、特に僕のこの仲間たち、スタッフは、これからもこのラジオの世界で一所懸命働いていく皆さんですから、一所懸命働いてください。
 それから、聞いていただいた皆さんには申し訳ないので、今後、たとえば「炭水化物友の会」なんてのは僕の考えで作りました。このラジオの後援会です。この皆さんには、僕がきちんとした絵葉書を作り、そして文化放送さんの…岡部さんのほうから、まもなくお送りしようと思います。
 あと、もう一つ言うならば、うちのシンペイが、いま一所懸命、パソコンを勉強中で、三月に入りましたら、僕の公式ホームページを立ち上げます。これは、もしかしたら、インターネットを使えない方にとっては、何をいってんだって言われちゃうかもしれないけど、いろんな形で、そこで、僕自身の情報発信はしようと思います。毎日のように更新して、名物なブログを作りたいと思っています。三月になったら、スタートすると思います。シンペイがあんなに男らしく見えたのは初めてのことですが(笑)、本人はもうデスクも買って、大久保さんの指示に従って秋葉原に行って安いノートパソコンも…形から入っています。
 で、そこをシンペイの小さな事務所にして…うちの台所で、スタートします。
 あと、今日、これ以上話すと、いろんなところでグチも出ますから、やめます。通常の運転で、通常の放送をして、4時でお別れということになりました。
 もう一回、申し上げます。私の、力不足だと思います。

伊藤 いや、私は、本当に、そんな風に思ってないんですね。ラジオをお聞きの皆さんも、そのあたりはおわかりいただいていると思います。欽也さんは一所懸命、このラジオのために…3年と3ヶ月、キンサタから始まりましたけれども…本当にこのラジオを愛して…リスナーさんを愛して、もう、本当、一所懸命やってくださいました。本当にありがとうございます。欽也さんの力不足で終わるわけじゃないので…

愛川 いや、そうです。あのね、僕ね、いろんな番組を終わったとき、あんまり寂しいと思ったことないんですよ。正直言って、あんなに当たった「11PM」終わる日もね、最後に亡くなられた世良さんのピアノでね、歌いながらさよならしたし、それから「なるほど! ザ・ワールド」も…あれだけの人気の番組が終わるということは…あの場合も編成上の違いとかなんか、いろいろなことがありまして、堂々と最終回をやって、そしてその後打上パーティが…その日だけじゃなくてあって終わりましたし…
 あと、まあ、デカい番組ずいぶんやりましたけど…ラジオもずいぶんやりました。ただ、深夜放送の「パック・イン・ミュージック」っていうのは…なんか自然消滅みたいに終わらしちゃったのを、僕は非常に後悔しておりました。
 それから、その後、やりました番組でも、今度みたいに、はっきり言って、腑に落ちないで番組を終わらせたことはありません。その点では、私は…本当、これは本当に、冗談じゃなく、放送は、ウソをつかない放送をやろうってのが僕の趣旨ですから、これは本当のこと言うと、ここでバッタリ倒れて佳子に支えられながら、最後、息を引き取る瞬間まで、俺は…やっぱりけっこう俺はラジオ人間だったな、という終わり方が夢でした。正直。佳子は本当にかわいいと思いますし。

伊藤 私もそう思ってました、本当に。

愛川 でも、とうとう僕は、そういうことができなくて終わることが、まあ、仕方がないことだ、という風に思います。で、これ以上言うと、こういうのをグチの上塗りってのか…そういうことになりますから、言わないことにします。いつも通りの、スケジュールで…

伊藤 明るく、4時まで。

愛川 そうですね、4時まで、えー、今日は、競馬が、予想以上に長く走る馬だそうですから(笑)…。

伊藤 しかも長いんですね、競馬がね(注:よりによって3400mという長距離のダイヤモンドステークス)。

愛川 ですから、終わりは、非常にあっけなく終わると思います。

伊藤 短くなりそうなんで…エンディングが。ここでたっぷりお話いただきました。
(番組内容説明あって)
電話番号は、東京03 5403…1134…(絶句)ごめんなさい。

愛川 佳子。

伊藤 はい…本当にすみません。

愛川 俺が佳子の面倒は、見切れないよ。

伊藤 そうですよ、FAXは…

愛川 俺が飼育されてんだから。

伊藤 ホント、そうですよね、メールは(アドレス説明あって)、で、お待ちしています。本当にごめんなさい、曲いきましょう、曲。…あ、そうですね、電話受付スタートの合図からですね。

愛川 電話受付のスタートしなきゃ、みんな困っちゃってるよ。

伊藤 本当に私だけ泣いていて、バカみたいですね。

愛川 バカみたいですよ。お電話、スタート!

(呼び出し音、続々と鳴って…)

伊藤 たくさんのお電話お待ちしています。(再度、番号の案内あって…)では、今日の一曲目、欽也さんからご
紹介いただきましょう。

愛川 えー、愛川欽也「うつむいて歩こう」

♪「うつむいて歩こう」

投稿者 大久保 : 04:54

2009年02月15日 皆さま ありがとうございました!★佳子

キンサン 突然の最終回 本当に残念でなりません。
応援して下さったリスナーのみなさんにも 
申し訳ない気持でいっぱいです。
キンヤさんには とにかく「ありがとうございました!」
と言わせていただくだけ…。
最後まで スタッフを気遣ってくださり
本当に終始 私には どこまでも優しい優しいキンヤさんでした。
番組が終わっても キンヤさんの大ファンですよ!
まだまだ やりたいこと 伝えたいことがたくさんあるキンヤさん
ご活躍 期待しています!

投稿者 大久保 : 17:02


<曲目紹介など、いくつかコメントがあるが中略>

ごめんなさい。

突然ですが、番組は今日で終わりになりました。
このところ、メインのスポンサーなしでがんばってきました。
そして、4月以降も継続を目指して、各方面で努力してきました。
しかし、いずれにしても、諸事情から、終了は避けられないことになりました。
番組を応援してくださったリスナーの皆さんの、
期待に応えられなかったことで、
スタッフ一同、本当に申し訳ない気持ちで一杯です。
このホームページがいつ閉鎖されるかわからないのですが、
改めて、番組冒頭の愛川さんの発言を掲載する予定でいます。

投稿者 大久保 : 16:35


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2009.02.15

文化放送「キンキンのサンデー・ラジオ」今日で突然の終了

 先日はTBSラジオの「コサキン」のラジオが終了するニュースがあったばかりだが、今度は文化放送の日曜昼の番組、「キンキンのサンデー・ラジオ」が終了のニュース。しかも、「コサキン」は改編時期の3月まで放送して終わるのに対し、こちらは今日の番組冒頭にいきなり放送終了の発表をして本当に今日限りで放送終了、新聞のラジオ欄にも「終」の文字がないくらい急な話というのだから尋常ではない。まずはこのニュースを報じた毎日jp(毎日新聞)の記事から。

愛川欽也さんのラジオ番組、突如終了 不況で名パーソナリティーが消える

 ラジオの深夜放送で人気者となり、現在もパーソナリティーとして活躍してきた俳優の愛川欽也さん(74)が15日、文化放送のレギュラー番組「キンキンのサンデー・ラジオ」の冒頭で突然、「きょうの放送で番組が終わります!」と宣言した。愛川さんは番組で、メーンスポンサーが昨年末で撤退し、後継スポンサーが付かなかったことなどが理由だと説明した。ラジオ番組では、若山弦蔵さん(76)が担当するTBSラジオ日曜正午の名番組「バックグラウンド・ミュージック」(1964年スタート)も、スポンサーの降板で3月末での終了が決まっている。ラジオ界を支えてきた名番組、名パーソナリティーが、不況の影響でラジオから消えることになる。

 キンキンの愛称で親しまれ、いつも明るい愛川さんだが、この日の放送の冒頭は低いトーンで始まり、いきなり「きょうの放送で番組が終わります!」と宣言した。

 新聞のラジオ・テレビ欄にも最終回の表示がないぐらい、突然の決定だった。来週はラジオ聴取率調査の週。局側も「せめて次週の放送を最終回に」と愛川さんに望んだようだが、愛川さんは「4月から次の(新)番組が決まっていた。そのことをボクが知ってしまった。知ってしまった以上、1カ月半も、お通夜のような番組をやることはできない」と番組で説明し、「最後まで明るく放送を終わらせたい」と話した。

 愛川さんは70年代、TBSラジオの深夜放送「パックインミュージック」のパーソナリティーを務め、歯に衣を着せないトークが当時の若者の心をつかみ、深夜放送ブームの立役者の一人となった。

 「やっぱりボクはラジオ人間。この番組は息を引き取る瞬間までやりたい」と話していた愛川さん。自らスポンサー探しにも奔走したことも明かした上で、「スポンサーが付かなかったのは、ボクの力不足。これ以上話すとグチも出るので……。ただ、『11PM』が終わる時も、『なるほど・ザ・ワールド』が終わる時もさみしくなかった。今回のように腑に落ちないで番組を終わらせることは今までなかった」と無念さを吐露した。

 今のテレビではなかなかできない政治や平和の問題についてもタブーなく直言してきた愛川さんだけに、リスナーからは「やめないでほしい」といった伝言が多数寄せられ、番組では愛川さんやパートナーの伊藤佳子(よしこ)アナウンサーの声が涙でつまる場面が何度もあった。

 民放連研究所によると、民放ラジオ業界の今年度の営業収入の見通しは、テレビよりも減収の比率が高く、中短波は12年連続の減収見込みと、長期低迷が続いている。【油井雅和】

 日曜は、朝10時からのTBSラジオの「安住紳一郎の日曜天国」が抜群に面白く、続いて記事中にもある12時からの「バックグラウンド・ミュージック」を挟んで13時からの「伊集院光の日曜日の秘密基地」を聴くというのが、自分の鉄板ラインナップだったので、残念ながらこの番組はあまり聞いたことは無く、TBSの「秘密基地」が終了し、その後に始まった「日曜サンデー」がどうにも自分には合わなかったためダイヤルを変えて時々聴いていた程度なので、「コサキン」の時のような番組自体への特別な感情はないが、それでもこんな形で番組終了となれば残念だ。

 番組終了の直接の理由は、スポンサーが降りた後に新しいスポンサーが付かなかったことらしいが、TBSの「バックグラウンド・ミュージック」にしても聴取率の数字は良かったのにスポンサーが降りることで終了に追い込まれたそうだから、もはや番組存続か否かの基準は聴取率という数字ではなく、スポンサーが付くかどうか、スポンサーが付かなければ番組本やグッズ販売などで収入があるかどうかであり、ましてや長寿番組という看板や名物パーソナリティという財産では番組は続けられない、ということであれば、それが企業の論理とはいえ、リスナーという立場からすれば寂しい。

 ただ、普段聞いていない自分が言う資格はないのは承知のうえで、ラジオのいちリスナーの立場で言わせてもらえれば、番組終了を当日発表するのは、ある意味番組に裏切られたような気持ちになるもの。
 今はリアルタイムでメールで惜別のメッセージも送れるから、当日の発表でも、最後の放送にリスナーとして何らかの参加はできないことはないが、今日に限って用事等で聴けない人だっているだろうし、最後の放送となれば、録音しようとする人もいるだろう。即興のメールではなく、色々考えて最後のメッセージをハガキで送る人だっているはずで、そういう機会を奪ってしまう「当日サヨナラ」はどちらかと言えばあまり賛成できないのだ。

 録音を聞いてみた限りでは、今回の場合、何も無ければ3月までは続投できるところを、愛川欽也さんの強い意向で今日限りとなったようで、局はせめて来週までやってほしい意向だったようだから、番組を降りるにしても、もう一週放送するという選択肢はなかったのかなぁとは思う。
 恐らく愛川欽也さんとしては、自分は4月以降も番組を続ける意向でいたのに、自分の知らないところで次の番組パーソナリティとスポンサーが決まっていたというのがショックだったのだろうし、どういう経過でそれが本人に伝わったのか、局側のその辺の仕事のやり方もうまくないなぁという感じがするので、そんな状態で番組を続けられない、という気持ちは分からないではないのだが、やはり最低限、最終回の前の回までに終了の告知をして、最終回は最終回なりの心構えで聞かせてくれるのが、リスナーへの親切ではないかというのが、いろんな番組の終了を聴いてきた立場からの感想だ。

 折りしも来週はスペシャルウイーク(聴取率調査週間)。この突然の穴を文化放送はどうやって埋めるのだろう。そんなことで注目度が上がって数字を取っても意味が無いが。。。あ、数字があってもスポンサーがなければ打ち切りなら、どのみち関係ない?(苦笑)

(追記) ニュース記事だけだと、なんだか険悪な雰囲気で番組が終了したようにも取られかねないが、番組を聴いた限りではそんなことはなく、番組自体は、パーソナリティーの愛川欽也さん、アシスタントの伊藤佳子アナウンサーともリスナーからの惜別メッセージを読み上げながら涙声になったり言葉に詰まったりするなど、番組自体への思い入れが感じられて、最終回らしい放送だったことは付け加えておきたい。

(2/18追記) 愛川欽也さんと番組スタッフとは何もなかったとしても、やはり局(会社)との関係は決して良いものではなくなったようだ。詳しくは、「文化放送「キンキンのサンデーラジオ」早くも番組ホームページ消去」を参照。

(参考)
・文化放送「キンキンのサンデーラジオ」番組ホームページ


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2009.02.04

TBSラジオ「コサキン」2009年3月改編でついに終了

 帰宅してネットでニュースを読んでいたら衝撃の記事が目にとまった。1981年10月改編以来、27年続いている「コサキン」(※番組スタート時は「コサラビ」)のラジオが、ついに2009年3月改編で終了するとのこと。
 まずはこのニュースを現時点で唯一報じていると思われる、2月3日のSANSPO.COMの記事から。

TBSラジオ「コサキン」27年の歴史に幕
2009.2.3 05:03

 TBSラジオの長寿番組「コサキンDEワァオ!」(土曜深夜0・0)が3月28日の放送で終了し、27年半の歴史に幕を閉じることが2日、分かった。

 タレント、小堺一機(53)と関根勤(55)の“コサキン”コンビによるゆる~いマニア的トークで、1981年10月の放送開始以来、幅広い世代から人気を集めてきた。が、複数の関係者の話を総合すると、固定メンバーであまりに長く放送したため、ここで歴史にひと区切りつけようと同局が英断を下したという。ただ、固定リスナーが多く、惜しむ声が続出しそう。現在、後番組については未定だ。

 「コサキン」は、81年に「夜はともだち」のピンチヒッターとして出演した2人のトークが受けて、スタート。「意味ねぇ、くだらねぇ」をキーワードに、数々の伝説ネタを誕生させた。

 「時代劇の大御所俳優は誰しも桃尻」という定説を作り上げ、里見浩太朗(72)、高橋英樹(64)、北大路欣也(65)らを勝手に「ピーチ・ヒップス」と呼んだり、ラジオにも関わらず写真ネタでトークを展開し、番組本を数多く出版した。

 ラジオ番組初のインターネット中継も行い、宇津井健(77)、黒柳徹子(75)ら大物芸能人もゲストで出演し、多くの人に愛された。27年半の間に何度も番組名や時間帯を変えながら放送してきたが、ここ数年は聴取率が最盛時の半分近くまで落ち込んでいた。

 コサキンについては、自分の場合リアルタイムで毎週聴いていたのは「欽グルス」~「スーパーギャング」時代。そのあとは途切れ途切れに復活リスナーとなっていたが、かつては改編期ごとに終了におびえていた頃と違い、近年は昔のような勢いは無くとも、固定客を掴んで地道に長く続くものだと何となく思っていただけに、ここへ来て「27年」という中途半端な時期での終了のニュースは正直驚いた。

 それにしても、記事中、終了の理由として『固定メンバーであまりに長く放送したため、ここで歴史にひと区切りつけようと同局が英断を下した』というのは、よく分からない。「コサキン」というパーソナリティの番組でメンバーが変われば、それはもう「コサキン」の番組ではないわけで、「オールナイトニッポン」のように、番組枠の中でパーソナリティを変えていく番組ではそもそもないのだ。

 一方、『ここ数年は聴取率が最盛時の半分近くまで落ち込んでいた』というのは、具体的な数字が分からないので判断しにくい面はあるが、ある意味しょうがないのかなとも思う。
 しかし、恐らくラジオ全体の数字自体がかつてよりかなり下がっていると思われる中で、それでも新規リスナーがなかなか掴みにくい「ラジオ界」としては、固定客がいて、なおかつ番組本などが今でも一定程度売れるラジオ番組はある意味「財産」だと思うのだが、あえてここで終了させる本当の理由を推測するとすれば、「経費削減」という理由しかないのかなと思う。
 TBSラジオで言えば先の改編では「バツラジ」が終わっているが、一説によると終了の理由は数字ではなく、経費がかかりすぎたということらしいし、深夜3時からの枠をクラシック枠にしたのも経費節減の一環だろう。
 小堺一機・関根勤のご両人も今やベテラン、これに鶴間さんをはじめこれまたベテランの作家さんが複数いる「コサキン」という番組は、聴取率の割には高コストだったのかもしれない。(もちろんこれは推測に過ぎないが…)

 正式な発表は今週末の土曜24時の放送を聴くしかないが、「欽グルスショー」から「コサキンワールド・なんでもねぇんだよゲベロッチョ」になったときのように、最終回で急遽、番組名・放送時間帯を変えて存続が決まったことを発表した例もないわけではなく、「コサキンDEワァオ!」は終わっても、また違う時間帯・違う番組名で「コサキン」としてのラジオ番組が存続する可能性が無いわけではない。(まぁ、やっぱり無いのだろうが…)

 最後に蛇足かもしれないが、冒頭記事中、『歴史にひと区切りつけようと同局が英断を下したという』というが、「英断」の使い方が間違っていると思うのは自分だけだろうか。「番組終了を決めていたところ、存続を願うリスナーの声が多数集まり番組を続けることに決めた」というならば「英断」だと思うのだが。

 とにかく、「寝ても寝られん!」

(2/4追記)
・現時点では、TBSラジオの番組ホームページでは、放送後記欄に「来週は…リスナーの皆さんに大切なお知らせがあります!番組を最後まで聞き逃さないでね!」という記述のみ。

(2/8追記)
・TBSラジオでは2/7(24:00~)に放送された「コサキンDEワァオ!」の番組の中で、正式に3月で番組が終了する旨の発表があった。放送の中で「一部報道のとおり」という言い方をしていたので、サンスポの記事が出た後の収録のようだが、発表は番組の最後にごく普通に行われ、今まで番組を続けてこられたことへの感謝の言葉などが語られた。
 なお、残念ながらメッセージの最後に、「全部ウソ」のセリフはなかった。

<ラテログ内関連記事>
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2009.02.02

石丸電気はどこへ行く?

 既に昨年(2008年)9月に報道されているように、2月1日付けで東京・秋葉原の電気店、石丸電気は、エディオン傘下の「株式会社エイデン」による吸収合併により、会社組織としての「石丸電気」が消滅した。まずは、これを報じた「家電Watch」の2008年9月の記事から。

 株式会社エディオンは18日、グループ事業を再編する方針を発表。グループ傘下の「株式会社エイデン」が、同じくエディオン傘下の「株式会社東京エディオン」「石丸電気株式会社」および石丸電気の子会社を吸収合併する。10月6日に行なわれる株主総会で承認された後、2009年2月1日に正式に合併を行なう。
(中略)
 今回の再編では、東京エディオンと石丸電気、そして石丸傘下の「東京石丸電気」「石丸電気レコードセンター」「アイアイオンライン株式会社」が合併のため消滅し、エイデンに吸収される。また、同じく石丸傘下の「アイアイテクノサービス」は、エイデン傘下の「コムネット」に吸収される。
(中略)
  これにより会社組織としての「石丸電気」は消えることになるが、同社ではストアブランドとしての石丸電気を、当面のところは変更しない方針だという。また、東京エディオンが所有する関東地方の「エディオン」ブランドの7店舗も、名称はエディオンのままとなり、「エイデン」には変わらない。

 「秋葉原」というと、近年はアニメやフィギュアだのメイドさんだのの印象が強くなり(実際はそれだけではないのだが)、年配者の多い職場で「秋葉原へ行く」というと、「メイド喫茶に行くのか」なんて聞かれて困ってしまう街になってしまったが、かつては家電やオーディオ機器の街で、買う前の下調べはもちろん、購入も秋葉原が当然のごとく選択肢としてあり、その中でも個人的にはよく利用していたのが、石丸電気だった。

 自分が秋葉原へ行きだしたのは、石丸本店は現在のようなビルになっておらず、3階か4階にLPレコードが並んでいたし、現在の生活家電館が二階建ての建物で階段部分までテープデッキやチューナーなどのシステムコンポを並べていた頃だから、昭和50年代だろうか。
 この頃は電気店で今のヨドバシのような超大型店舗はなく、秋葉原の石丸各店、今もあるラオックス本店、今はヤマダ電機になったサトームセン、現在建て替えでソフマップになってしまったヤマギワ本店などが最大級の店舗だったので、下調べにカタログをもらいに行ったり、地元では決して置いていない実機を触ってみたりするのが楽しみで、少ない小遣いの中から電車賃を払って一日秋葉原電気街めぐりをしたものだ。

 中でも石丸電気は、こちらから声をかけない限り店員からは声をかけない、という接客スタイルで(当時は店内にそう表示してあったが、今はどうだろう?)、色んな機種をじっくり触ってみたい子供の自分には最高の環境だった。
 今振り返ると、こちらは子供は子供なりに「オーディオファンの端くれ」として、乱暴な取扱はしないことは勿論、他のお客さんが来たらその場を譲るなど、精一杯の気を使っていたつもりだったが、店員から見れば所詮子供は子供。超高級とは行かなくてもそれなりの値段の機種をあちこち触っていれば、ハラハラすることもあったのではないかと思うが、触るなとは一度も言われたこともなかったし、質問には丁寧に答えてくれたので、嫌な思いをしたことはない。今は無くなった「あなたの近所の秋葉原」がキャッチフレーズだったSムセンでは、何を買うのかという問いに「今日は下見に来た」と言った途端、店員が急に不機嫌となり邪険に扱われたこともあったから、余計に印象が残っている。もちろん購入する時は、石丸電気へ行ったのは言うまでもない。

 しかし、近年の石丸電気は正直利用することが少なくなった。通勤ルート上にヨドバシカメラがあり、大抵のものはそこで買えることが大きいのだが、価格面でも、石丸の表示価格からポイント等で割り引いた額より、ヨドバシのポイントを引く前の表示価格のほうがかなり安いということが多い状況ではさすがに足は遠のく。

 更に自分にとって決定的だったのが、エディオン傘下になって「石丸が変わる! アキバを変える!」をスローガンに2007年10月に行われた全店舗の一斉リニューアル。
 エディオン傘下になっても、価格面ではなんらヨドバシに対抗できていなかったのに加え、更に店員との交渉で安くなる余地までなくなっていてそれだけでもツライところに、この大改装により、どこにでもある商品しか置かなくなってしまったのがトドメを刺した。他店ではあまり実物を置いていない商品でも在庫があってすぐ買えたり、メーカーや他店で在庫僅少・又は売り切れとなっていても「石丸へ行けばまだある」ということが以前は多々あり、それが石丸へ行く楽しみであり、購入の大きな動機になっていたのだが、それがほとんどなくなってしまい、店頭に並んでいるのはそれこそ近所の中規模のコジマやヤマダで扱っているようなものばかりで、ヨドバシAkibaのほうがまだマシ、という状況ではさすがに行く動機がなくなる。
 さすがにCDやDVDなどソフトのほうは、今でも少なくとも邦楽に関しては品揃えはダントツだと思うし、探し物があるなら一度は行ってみる価値があると思うが、それでも昔は廃盤モノなどの在庫はもっとあったように思うし、かつての「レコードセンター」を知っていると、品揃えの圧倒感みたいなものはないのはちょっと寂しい。

 ウリだった接客のほうも、先日久しぶりに新譜のCDを買いに行って、ヨドバシその他他店では在庫していなかったマニアックなCDがちゃんと陳列してあったのを見て、「さすが石丸だ」と思ったものの、受け付けた女性店員はやる気無さそうに「ポイント貯めますかー」という感じで応対されて、ちょっとがっかりした。以前もCDを買ったときに、そこにいた店員数人が一斉に大声で「あっりがとーござぃましたぁ~」なんてビックカメラみたいな声かけをされて、どうしちゃったんだろうと思ったこともあった(その後、苦情が来たのか大声はなくなったみたいだが)から、もう昔のイメージではないのかもしれない。

 冒頭の記事によると「会社組織としての「石丸電気」は消えることになるが、同社ではストアブランドとしての石丸電気を、当面のところは変更しない方針」とのことなので、しばらくは、(従来の)秋葉原の風景とも言える石丸電気の赤い看板は残りそうだが、今後の動向は分からない。それでも、少なくとも関東ではエディオンブランドなんてまったく浸透しておらず、「石丸電気」の知名度のほうがずっと上のはず。なんとかうまく立て直してもらいたいものだが。

<参考記事>
・エディオンと石丸電気が資本提携 -ITmedia News
・石丸電気、秋葉原地区で一斉リニューアル - ITmedia News
・家電Watch:エディオン、石丸電気など関東地区の子会社をエイデンへ移行


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